≪白文≫
神文王立。
諱政明、明之字日怊、文武大王長子也。
母、慈儀、一作義、王后。
妃、金氏、蘇判欽突之女。
王爲太子時、納之。
久而無子、後坐父作亂、出宮。
文武王五年、立爲太子、至是繼位。
唐高宗遣使冊立爲新羅王、仍襲先王官爵。
元年、八月。
拜舒弗邯眞福爲上大等。
八日。
蘇判金欽突、波珍飡興元、大阿飡眞功等、謀叛伏誅。
十三日。
報德王遣使小兄首德皆、賀平逆賊。
十六日。
下敎曰、
賞有功者、往聖之良規、誅有罪者、先王之令典。
寡人以眇躬涼德、嗣守崇基、廢食忘餐、晨興晏寢、庶與股肱、共寧邦家、豈圖縗絰之内、亂起京城。
賊首欽突、興元、眞功等、位非才進、職實恩升。
不能克愼始終、保全富貴、而乃不仁不義、作福作威、侮慢官寮、欺凌上下。
比日、逞其無厭之志、肆其暴虐之心、招納凶邪、交結近竪、禍通内外、同惡相資、剋日定期、欲行亂逆。
寡人、上賴天地之祐、下蒙宗廟之靈、欽突等惡積罪盈、所謀發露、此乃人神之所共棄、覆載之所不容、犯義傷風、莫斯爲甚。
是以追集兵衆、欲除梟獍、或逃竄山谷、或歸降闕庭。
然尋枝究葉、並已誅夷、三四日間、囚首蕩盡。
事不獲已、驚動士人、憂愧之懷、豈忘旦夕。
今既妖徒廓淸、遐邇無虞、所集兵馬、宜速放歸、布告四方、令知此意。
二十八日。
誅伊飡軍官、敎書曰、
事上之規、盡忠爲本、居官之義、不二爲宗。
兵部令伊飡軍官、因縁班序、遂升上位、不能拾遺補闕、效素節於朝廷、授命忘、表丹誠於社稷。
乃與賊臣欽突等交渉、知其逆事、曾不告言、既無憂國之心、更絶徇公之志、何以重居宰輔、濫濁憲章。
宜與衆棄、以懲後進。
軍官及嫡子一人、可令自盡。
布告遠近、使共知之。
冬十月。
罷侍衛監。
置將軍六人。
二年、春正月。
親祀神宮、大赦。
夏四月。
置位和府令二人、掌選擧之事。
五月。
太白犯月。
六月。
立國學。
置卿一人、又置工匠府監一人、彩典監一人。
三年、春二月。
以順知爲中侍。
納一吉飡金欽運少女爲夫人。
先差伊飡文穎、波珍飡三光定期、以大阿飡智常納采、幣帛十五轝、米、酒、油、蜜、醤、豉、脯、醯、一百三十五轝、租一百五十車。
夏四月。
平地雪深一尺。
五月七日。
遣伊飡文穎、愷元抵其宅、冊爲夫人。
其日卯時、遣波珍飡大常、孫文、阿飡坐耶、吉叔等、各與妻娘及梁、沙梁二部嫗各三十人迎來。
夫人乘車、左右侍從、官人及娘嫗甚盛。
至王宮北門、下車入内。
冬十月。
徴報德王安勝爲蘇判、賜姓金氏、留京都、賜甲第良田。
彗星出五車。
四年、冬十月。
自昏及曙、流星縱橫。
十一月。
安勝族子將軍大文、在金馬渚謀叛、事發伏誅。
餘人見大文誅死、殺害官吏、據邑叛、王命將士討之、逆鬪、幢主逼實死之。
陷其城、徙其人於國南州郡、以其地爲金馬郡。大文或云悉伏。
五年春。
復置完山州、以龍元爲摠管。
挺居列州、以置菁州、始備九州、以大阿飡福世爲摠管。
三月。
置西原小京、以阿飡元泰爲仕臣。
置南原小京、徙諸州郡民戸分居之。
奉聖寺成。
夏四月。
望德寺成。
六年、春正月。
以伊飡大莊、一作將、爲中侍。
置例作府卿二人。
二月。
置石山、馬山、孤山、沙平四縣。
以泗沘州爲郡、熊川郡爲州。
發羅州爲郡、武珍郡爲州。
遣使入唐、奏請禮記并文章。
則天令所司、寫吉凶要禮、并於文舘詞林、採其詞渉規誡者、勒成五十卷、賜之。
七年、春二月。
元子生。
是日、陰沉昧暗、大雷電。
三月。
罷一善州、復置沙伐州、以波珍飡官長爲摠管。
夏四月。
改音聲署長爲卿。
遣大臣於祖廟、致祭曰、
王某稽首再拜、謹言太祖大王、眞智大王、文興大王、太宗大王、文武大王之靈。
某以虚薄、嗣守崇基、寤寐憂勤、未遑寧處。
奉賴宗廟、護持乾坤降福、四邊安靜、百姓雍和、異域來賓、航琛奉職、刑淸訟息、以至于今。
比者、道喪君臨、義乖天鑒、怪星成象、火宿沈輝、戰戰慄慄、若墜淵谷。
謹遣使某官某、奉陳不腆之物、以虔如在之靈。
伏望、炤察微誠、矜恤眇末、以順四時之候、無愆五事之徴、禾稼豐而疫癘消、衣食足而禮義備、表裏淸謐、盜賊消亡、垂裕後昆、永膺多福。
謹言。
五月。
敎賜文武官僚田有差。
秋。
築沙伐、歃良二州城。
八年、春正月。
中侍大莊卒、伊飡元師爲中侍。
二月。
加船府卿一人。
九年、春正月。
下敎、罷内外官祿邑、逐年賜租有差、以爲恒式。
秋閏九月二十六日。
幸獐山城。
築西原京城。
王欲移都達句伐、未果。
十年、春二月。
中侍元師病免、阿飡仙元爲中侍。
冬十月。
置轉也山郡。
十一年、春三月一日。
封王子理洪爲太子。
十三日。
大赦。
沙火州獻白雀。
築南原城。
十二年、春。
竹枯。
唐中宗遣使、口勅曰、
我太宗文皇帝、神功聖德、超出千古、故上僊之日、廟號太宗。
汝國先王金春秋、與之同號、尤爲僭越、須急改稱。
王與羣臣同議、對曰、
小國先王春秋諡號、偶與聖祖廟號相犯、勅令改之、臣敢不惟命是從。
然念先王春秋、頗有賢德、况生前得良臣金庾信、同心爲政、一統三韓、其爲功業、不爲不多。
捐館之際、一國臣民、不勝哀慕、追尊之號、不覺與聖祖相犯。
今聞敎勅、不勝恐懼、伏望、使臣復命闕庭、以此上聞。
後更無別勅。
秋七月。
王薨。
諡曰神文、葬狼山東。
≪書き下し文≫
神文王立つ。
諱は政明、明の字日怊、文武大王の長子なり。
母は慈儀、一に義と作す、王后なり。
妃は金氏、蘇判欽突の女(むすめ)なり。
王の太子を爲す時、之れを納る。
久しくして子無し、後坐父は亂を作(おこ)し、宮を出ず。
文武王五年、立ちて太子と爲り、是に至り位を繼ぐ。
唐高宗は遣使して冊立し新羅王と爲し、仍りて先王の官爵を襲ふ。
元年、八月。
拜して舒弗邯の眞福を上大等と爲す。
八日。
蘇判の金欽突、波珍飡の興元、大阿飡の眞功等、謀叛して誅に伏す。
十三日。
報德王は小兄首の德皆を遣使し、逆賊を平げるを賀す。
十六日。
下敎して曰く、
功有る者を賞するは、往聖の良規、罪有る者を誅するは、先王の令典なり。
寡人は眇(ちい)さき躬にして涼(すくな)き德を以て崇基を嗣守し、食を廢し餐を忘れ、晨(はや)きに興きて晏(おそ)きに寢、股肱と共に邦家を寧さむと庶(こひねが)ふは、豈に縗絰の内を圖り、亂を京城に起せしめるにあらむ。
賊首の欽突、興元、眞功等、位は才進に非ず、職は恩升に實らず。
克く愼むに能はざることに始終し、富貴を保全し、而れども乃ち不仁不義、福を作し威を作し、官寮を侮慢し、上下を欺凌す。
比日、其の無厭の志を逞し、其の暴虐の心を肆(ほしいまま)にし、凶邪を招き納め、近竪と交結し、内外に禍通し、惡を同じくし相ひ資し、日を剋し期を定め、亂逆を行はむと欲す。
寡人、上には天地の祐を賴り、下には宗廟の靈を蒙り、欽突等の惡は積まれ罪は盈(み)ち、謀る所の發露せり、此れ乃ち人神の共に棄つる所、覆載の所は容れず、義を犯し風を傷し、斯く甚しきを爲すもの莫し。
是れ以て兵衆を追集し、梟獍を除かんと欲し、或(あるもの)は山谷に逃竄し、或(あるもの)は闕庭に歸降す。
然りて枝を尋ねて葉を究め、並びに已に誅して夷(みなごろし)とし、三四日間、首を囚へて蕩盡す。
事は已むを獲ざるも、士人を驚動するは、憂愧の懷、豈に旦夕に忘れんや。
今既に妖徒廓淸し、遐邇に虞無し、集する所の兵馬、宜しく速やかに放歸せしむべし。
四方に布告し、此の意を知らしむ。
二十八日。
伊飡軍官を誅し、敎書に曰く、
事上の規、忠を盡すを本と爲し、居官の義、不二を宗と爲す。
兵部令伊飡軍官、班序に因縁し、遂に上位に升るも、補闕を拾遺すること能はず、朝廷に素節を效し、授命忘(※其犯難之死?)、社稷に丹誠を表す。
乃ち賊臣の欽突等と交渉し、其の逆事を知るも、曾ち告言せず、既に憂國の心無し、更に徇公の志を絶つ、何を以て宰輔に重居し、憲章を濫濁せむ。
宜しく衆と與に棄て、以て後進に懲すべし。
軍官及び嫡子一人、自ら盡くせしむ可し。
遠近に布告し、共に之れを知らしむ。
冬十月。
侍衛監を罷む。
將軍六人を置く。
二年、春正月。
神宮に親ら祀り、大赦す。
夏四月。
位に和府令二人を置し、選擧の事を掌らせしむ。
五月。
太白、月を犯す。
六月。
國學を立つ。
卿一人を置き、又た工匠府監を一人、彩典監を一人置く。
三年、春二月。
順知を以て中侍と爲す。
一吉飡の金欽運の少女を納め夫人と爲す。
先に伊飡の文穎、波珍飡の三光を差して期を定め、以て大阿飡智常に幣帛十五轝、米、酒、油、蜜、醤、豉、脯、醯、一百三十五轝、租一百五十車を納采せしむ。
夏四月。
平地の雪、深さ一尺。
五月七日。
伊飡の文穎、愷元を遣り其の宅に抵せしめ、冊して夫人と爲す。
其の日は卯の時、波珍飡の大常、孫文、阿飡の坐耶、吉叔等を遣り、各(それぞれ)妻娘と與に梁に及ぼせしめ、沙梁二部の嫗各(それぞれ)三十人迎來す。
夫人は車に乘り、左右侍從し、官人及び娘嫗甚だ盛なり。
王宮の北門に至り、下車して内に入る。
冬十月。
報德王の安勝を徴して蘇判と爲し、姓金氏を賜り、京都に留め、甲第良田を賜ふ。
彗星、五車に出ず。
四年、冬十月。
昏より曙に及び、流星縱橫す。
十一月。
安勝の族子の將軍大文、金馬渚に在り叛を謀るも、事發し誅に伏す。
餘人は大文の誅死するを見、官吏を殺害し、邑に據りて叛くも、王は將士に命じて之れを討たせしめ、逆鬪し、幢主の逼實は之れに死す。
其の城を陷し、其の人を國南の州郡に徙(うつ)し、其の地を以て金馬郡と爲す。大文、或は悉伏と云ふ。
五年春。
復た完山州を置き、以て龍元を摠管と爲す。
居列州を挺(ぬ)き、菁州を置くを以て、九州に備へ始ね、以て大阿飡福世を摠管と爲す。
三月。
西原に小京を置き、以て阿飡元泰を仕臣と爲す。
南原に小京を置き、諸州郡の民戸を徙(うつ)して之れに分居せしむ。
奉聖寺成る。
夏四月。
望德寺成る。
六年、春正月。
以て伊飡大莊、一に將と作す、中侍と爲す。
例作府卿二人を置く。
二月。
石山、馬山、孤山、沙平に四縣を置く。
以て泗沘州を郡と爲し、熊川郡を州と爲す。
發羅州を郡と爲し、武珍郡を州と爲す。
遣使して唐に入らしめ、禮記并びに文章を奏請す。
則天、所司に吉凶要禮を寫(かきうつ)せしめ、并せて文舘詞林に於いて、其の詞の規誡に渉る者を採り、五十卷を勒成し、之れを賜ふ。
七年、春二月。
元子生ず。
是の日、陰沉昧暗、大いに雷電す。
三月。
一善州を罷め、復た沙伐州を置き、以て波珍飡官長を摠管と爲す。
夏四月。
音聲署長を改めて卿と爲す。
大臣を祖廟に遣り、祭を致して曰く、
王某稽首再拜、謹みて太祖大王、眞智大王、文興大王、太宗大王、文武大王の靈に言へり。
某は虚薄を以て、崇基を嗣守し、寤(さ)めても寐(ね)ても憂ひ勤むるも、未だ遑寧は處せず。
宗廟に賴るに奉じ、乾坤の福を降すを護持し、四邊を安靜せしめ、百姓を雍和せしめ、異域の來賓、琛を航(わた)して職に奉じ、刑を淸くせしめて訟を息せしめ、以て今に至らしむる。
比者、道は君臨を喪ひ、義は天鑒に乖(もと)り、怪星は象を成し、火宿は輝を沈め、戰戰慄慄、淵谷に墜つるが若し。
謹みて使某官某を遣り、奉りて不腆の物を陳(なら)べ、以て如在の靈に虔(つつし)む。
伏して望むらくは、微かなる誠を炤察し、恤(めぐ)みの眇末なるを矜(あは)れみ、以て四時の候に順ひ、五事の徴(しるし)を愆(ほしいまま)にすること無く、禾稼は豐かにして疫癘は消え、衣食足りて禮義備はり、表裏は淸謐となり、盜賊は消亡し、後昆(のちのひと)に垂裕し、永らく多福を膺(う)けむことを。
謹みて言(まふ)す。
五月。
文武の官僚に田を有差に敎賜す。
秋。
沙伐、歃良二州に城を築く。
八年、春正月。
中侍大莊卒し、伊飡の元師を中侍と爲す。
二月。
船府卿一人を加ふ。
九年、春正月。
下敎、内外の官祿邑を罷め、逐年に租を有差に賜ひ、以て恒式と爲さむ、と。
秋閏九月二十六日。
獐山城に幸(ゆ)く。
西原京城を築く。
王は都を達句伐に移さむと欲するも、未だ果たせず。
十年、春二月。
中侍の元師は病免し、阿飡の仙元を中侍と爲す。
冬十月。
轉也山郡を置く。
十一年、春三月一日。
王子理洪を封じて太子と爲す。
十三日。
大赦す。
沙火州、白雀を獻ず。
南原城を築く。
十二年、春。
竹枯れる。
唐中宗遣使し、口勅して曰く、
我が太宗文皇帝、神功聖德、千古に超出し、故に上僊の日、廟に太宗と號す。
汝の國の先王金春秋、之と與に同じく號し、尤(すぐ)れて僭越を爲し、須く急ぎて改稱すべし、と。
王と羣臣同じく議し、對へて曰く、
小國の先王春秋の諡號、偶(たまたま)聖祖の廟號と相犯し、勅令して之れを改めせしめ、臣は敢へて惟命是從せず。
然れども先王の春秋を念へば、頗る賢德有り、况や生前に良臣金庾信を得、心を同じくして政を爲し、三韓を一統し、其れ功業を爲すは、爲さざるは多からず。
捐館の際、一國の臣民、哀慕に勝(た)へず、追尊の號、聖祖と相犯すを覺えず。
今敎勅を聞かば、恐懼に勝(た)へざるも、伏して望む、使臣の闕庭に復命すれば、此れを以て上に聞せしめよ、と。
後に更に別勅無し。
秋七月。
王薨ず。
諡を神文と曰ひ、狼山東に葬らる。