中川王

中川王

 中川王(あるいは中壤とも)、諱は然弗、東川王の子である。
 立ち振る舞いは俊爽で智略があった。
 東川十七年、王太子として擁立された。
 二十二年、秋九月、王が死去し、太子が即位した。
 冬十月、椽氏を王后に擁立した。
 十一月、王弟の預物、奢句らが謀叛し誅せられた。

 三年、春二月。
 王が相の明臨於漱に命じ、内外兵馬の事を兼知させた。

 四年、夏四月。
 王が貫那夫人を革囊に入れて、西海に放り込んだ。
 貫那夫人は、顔色は佳麗、髮は九尺の長さで、王はこれを愛し、小后に擁立しようとしていた。
 王后は椽氏が寵愛を独占するのではないかと心配して言った。
「私は西魏が長髮を求め、千金で買い取っていると聞きました。
 昔、我が先王は中国に禮を致さず、軍隊を受けて出奔し、あやうく社稷を喪うところでした。
 今の王は中国の欲する所に順い、輸送隊をひとつ派遣し、長髮の美人を進呈すれば、あちらは必ず歓んで納め、ふたたび侵伐するようなことはないでしょう。
 王は意図を察知して、黙って答えなかった。
 夫人はそれを聞いて、自分に被害が及ぶことを恐れたため、それに対抗して后を讒った。
「王后はいつも私を罵るのです。
『田舍の娘がどうしてここにいられるのだ。
 もし自分から帰らなければ、必ず後悔することになるだろう』と。
 王后は大王が外出する隙を伺って、私を害そうとしているのです。
 どうしたらよいのでしょう。」
 その後、王が箕丘に狩猟に行き、宮殿に帰ると、夫人が革囊を引きずりながら迎え入れていった。
「王后は私をこの袋に入れて、海に投げ込もうとしました。
 大王様、私の命を助けると思って、どうか実家に帰してくださいませんか。
 何を敢えてお側に仕えることまで望むことがあるでしょうか。」
 王が問い詰めると、それが嘘であったと発覚し、怒って夫人に言った、
「お前を海に沈めてやる。」
 人を使わせて海に投げ込ませた。

 七年、夏四月。
 國相の明臨於漱が死去したので、沸流沛者の陰友を國相に任命した。

 秋七月。
 地震。

 八年。
 王子の藥盧を王太子に擁立し、國內に恩赦を出した。

 九年、冬十一月。
 椽那の明臨笏覩が公主と結婚し、駙馬都尉に任命された。

 十二月。
 雪が振らなかった。
 疫病が大流行した。

 十二年、冬十二月。
 王が杜訥の谷で狩猟をした。
 魏の将軍尉遲楷(名は犯、長陵は諱)が将兵を討伐しに来た。
 王が精騎五千を選び抜き、梁貊の谷で戦い、これを敗って斬首すること八千級余り。

 十三年、秋九月。
 王が卒本に行き、始祖廟を祀った。

 十五年、秋七月。
 王が箕丘で狩猟し、白獐(ノロ)を獲た。
 冬十一月。
 雷、地震。

 二十三年、冬十月。
 王が死去した。
 中川の原に葬られ、號して曰く中川王。

 

 

 戻る








≪白文≫
 中川王、或云中壤、諱然弗、東川王之子。
 儀表俊爽、有智略。
 東川十七年、立為王太子。
 二十二年、秋九月、王薨、太子卽位。
 冬十月、立椽氏為王后。
 十一月、王弟預物、奢句等、謀叛伏誅。

 三年、春二月。
 王命相明臨於漱、兼知內外兵馬事。

 四年、夏四月。
 王以貫那夫人置革囊、投之西海。
 貫那夫人、顔色佳麗、髮長九尺、王愛之、將立以為小后。
 王后椽氏、恐其專寵、乃言於王曰、
 妾聞西魏求長髮、購以千金。
 昔我先王、不致禮於中國、被兵出奔、殆喪社稷。
 今王順其所欲、遣一個行李、以進長髮美人、則彼必欣納、無復侵伐之事。
 王知其意、默不答。
 夫人聞之、恐其加害、反讒后於王曰、
 王后常罵妾曰、
 田舍之女、安得在此。
 若不自歸、必有後悔。
 意者后欲伺大王之出、以害於妾、如之何。
 後、王獵于箕丘而還、夫人將革囊迎哭曰、
 后欲以妾盛此、投諸海、幸大王賜妾微命、以返於家、何敢更望侍左右乎。
 王問知其詐、怒謂夫人曰、
 汝要入海乎。
 使人投之。

 七年、夏四月。
 國相明臨於漱卒、以沸流沛者陰友為國相。

 秋七月。
 地震。

 八年。
 立王子藥盧為王太子、赦國內。

 九年、冬十一月。
 以椽那明臨笏覩、尚公主、為駙馬都尉。

 十二月。
 無雪。
大疫。

 十二年、冬十二月。
 王畋于杜訥之谷。
 魏將尉遲楷、名犯長陵諱、將兵來伐。
 王簡精騎五千、戰於梁貊之谷、敗之、斬首八千餘級。

 十三年、秋九月。
 王如卒本、祀始祖廟。

 十五年、秋七月。
 王獵箕丘、獲白獐。
 冬十一月。
 雷、地震。

 二十三年、冬十月。
 王薨。
 葬於中川之原、號曰中川王。




≪書き下し文≫

 中川王、或(あるいは)云(いは)く中壤、諱を然弗、東川王の子なり。
 儀表(たちふるまひ)は俊爽、智略有り。
 東川十七年、立ちて王太子と為す。
 二十二年、秋九月、王薨じ、太子卽位す。
 冬十月、椽氏を立て王后と為す。
 十一月、王弟の預物、奢句等、謀叛し誅に伏す。

 三年、春二月。
 王命じて相の明臨於漱、內外兵馬の事を兼知せしむ。

 四年、夏四月。
 王以て貫那夫人を革囊(かわぶくろ)に置き、之れを西海に投ず。
 貫那夫人、顔色は佳麗、髮長は九尺、王之れを愛し、將に立てて以て小后と為さむとす。
 王后椽氏、其の寵專(もっぱ)らなることを恐れ、乃ち王に言ひて曰く、
 妾は西魏長髮を求め、千金を以て購ふと聞く。
 昔我が先王、中國に禮を致さず、兵を被り出奔し、殆(あやう)く社稷を喪(うしな)へり。
 今の王其の欲する所に順ひ、一個行李を遣り、以て長髮の美人を進めば、則ち彼は必ず欣(よろこ)びて納め、復た侵伐の事無からむ。
 王其の意を知りて、默して答へず。
 夫人之れを聞き、其の加害を恐れ、反りて后を讒りて王に曰く、
 王后常に妾を罵りて曰く、
 田舍の女、安(いづ)くにか此に在るを得む。
 若し自ら歸せざれば、必ず後に悔有らん、と。
 意は后大王の出を伺ひ、以て妾を害すること欲す。
 之れ如何、と。
 後に王は箕丘に獵りて還れば、夫人革囊を將い、迎えて哭して曰く、
 后は妾を此れに盛るを以て、諸の海に投げるを欲す。
 幸はくば大王、妾に微命を賜ひ、以て家に返させよ。
 何ぞ敢へて更に左右に侍するを望まぬや。
 王問ひて其の詐を知り、怒りて夫人に謂ひて曰く、
 汝海に入るを要らむか。
 人をして之れを投げさせしむ。

 七年、夏四月。
 國相の明臨於漱卒し、以て沸流沛者の陰友を國相と為す。

 秋七月。
 地震。

 八年。
 立てて王子の藥盧を王太子と為し、國內を赦す。

 九年、冬十一月。
 以て椽那の明臨笏覩、公主を尚(おもん)じ、駙馬都尉と為す。

 十二月。
 雪無し。
大いに疫(おこり)あり。

 十二年、冬十二月。
 王杜訥の谷に畋(か)る。
 魏將尉の遲楷、名は犯、長陵は諱、將兵伐ちに來たる。
 王精騎五千を簡(えら)び、梁貊の谷に戰ひ、之れを敗り、斬首すること八千餘級。

 十三年、秋九月。
 王卒本に如(ゆ)き、始祖廟を祀る。

 十五年、秋七月。
 王箕丘に獵(か)り、白獐を獲。
 冬十一月。
 雷、地震。

 二十三年、冬十月。
 王薨ず。
 中川の原に葬られ、號して曰く中川王。