述志詩

本文

現代語訳

飛び立つ鳥は足跡を捨て、
脱皮する蝉は抜け殻をうしなう。
騰蛇は鱗を棄て、
神龍は角さえうしなってしまう。
至人とは変化のできる者、
達士は世俗から抜け出す者、
雲に乗れば轡はいらない。
仙人の乗る風に足はない。
したたる露がカーテンになり、
みぞれを張れば天蓋になる。
海辺の夜露がごちそうとなり、
九つの太陽が燭台に代わる。
輝く星は艶やかな真珠、
朝の霞は麗しき宝玉。
四方上下の世界の中で、
心の求めるままにすればいい。
他人のことなんて捨てちゃえばいい。
どうしてそんなに縮こまっているの?

大道は平坦なものなのに、
身近なものだと見る者は少ない。
意のままに任せたところで間違いにはならないのに。
物に合わせたところで正しいことにはならないのに。
古来から続くとぐろを巻いた、
鎖のようにぐちゃぐちゃになった、
あらゆる思索はなんのため?
本当に大切なことは自分にある。
心配事なんて天の上に投げ飛ばしてしまえ。
憂鬱なんて地下に埋めてしまえ。
権威ある古典に逆らい尽くして、
風流な文化なんて滅ぼしてしまえ。
いろんな学者が瑣末なことで言い争う。
火で焼き尽くされてしまえばいい。
志を山の仙境より高め、
心を海の向こうまで遊ばせれば、
原初の存在は舟となり、
微かなる風が舵となる。
雲ひとつない青空をぐるりとめぐって飛び立とう。
意のままに美しくなれるのだから。

漢文

飛鳥遺跡 蟬蛻亡殼
騰蛇棄鱗 神龍喪角
至人能變 達士拔俗
乘雲無轡 騁風無足
垂露成幃 張霄成幄
沆瀣當餐 九陽代燭
恆星豔珠 朝霞潤玉
六合之內 恣心所欲
人事可遺 何爲局促

大道雖夷 見幾者寡
任意無非 適物無可
古來繞繞 委曲如瑣
百慮何為 至要在我
寄愁天上 埋憂地下
叛散五經 滅棄風雅
百家雜碎 請用從火
抗志山栖 游心海左
元氣為舟 微風為柂
敖翔太清 縱意容冶

書き下し文

飛ぶ鳥は跡を り、
蟬は もぬけて殼を うしなふ。
騰蛇 をろちは鱗を棄て、
神龍 たつは角を喪ふ。
至人は能く變はり、
達士は俗を拔けり。
乘りたる雲に轡は無く、
騁風 はやてに足は無し。
露を垂らさば とばりと成り、
みぞれ ひろがば あげばりと成る。
沆瀣 よつゆ みをしに當たり、
九の ともしびに代はる。
つねなる星は あでやかなる珠、
朝の霞は潤しき玉。
六合之內 にありて、
心に欲さるる所を ほしひままに。
人の事は る可し。
何爲 なにすれ局促 ちぢこまらん。

大いなる道は たひらぎたると雖も、
ちかしと見る者は寡し。
意に任すに非は無し。
物に適ふこと可なる無し。
古來 いにしへより繞繞 ぐるぐるとし、
委曲 こまごますること くさりの如し。
あまた はかりごとも何の為ぞ。
まこと かなめは我に在り。
うれひを天の上に寄せ、
うれひを地の下に埋めん。
叛きて五經を散らし、
滅ぼして風雅を棄てん。
百家は雜碎 まばらなり。
用ちて火に らんことを請ふ。
志を山の ねぐら かかげ、
心を海の左に游ばせしむれば、
はぢめ いのちは舟と為り、
微かなる風は かじと為る。
めぐりて太いなる清きに翔ばん。
意の まま容冶 うるはしく。

余釈

 付することが野暮であり必要あるまい。