我々は秦始皇を超越すること一百倍だ!

 

本文

現代語訳

「范文瀾同志の最近を書きになられた一篇の文章を俺は読み、大いに昂揚させられた。」

(ここから立ち上がって講話を始める。)

「この一篇の文章は数多くの事実を引用し、今を重視して古を軽視することが我が国の伝統であると証明しておられる。司馬光まで引用して……惜しむらくは秦始皇を引用していないことだ。秦始皇は、古を根拠に今を誹る者は皆殺しにすると主張した。秦始皇とは、今を重視して古を軽視することにかけては専門家(プロフェッショナル)で、当然ながら俺とて秦始皇の引用を手放しで肯定したいわけではないが……。」

 林彪同志が話を差し挟んだ。

「秦始皇は書物を焼き尽くして儒者を生き埋めにしましたが。」

「秦始皇ごとき物の数ではないわ! あやつは四百六十人しか儒者を生き埋めにしていないが、我々は四万六千人の儒者を生き埋めにしてやった。我々による鎮反(反革命分子の鎮圧)では、まだ反革命的知識分子を殺し尽くしていないということだろうか。俺が民主人士と弁論した時のことだ。そやつは我々を”まさに始皇帝だ!”と罵った。――間違っている。我々は秦始皇を超越すること一百倍だ! 我々をやれ秦始皇だ、独裁者だと罵るのなら、我々は始まりから終わりまですべてを認めようではないか! 惜しむらくは、そやつらが十分に言葉を尽くしていないせいで、往々にして我々がそれ以上のことを付け加えねばならぬことである。」

と、(毛沢東は)大いに笑った。

漢文

 范文瀾同志最近寫的一篇文章、我看了很高興。(這時站起來講話了)這篇文章引了許多事實、證明了厚今薄古是我國的傳統、引了司馬光……可惜沒有引秦始皇。秦始皇主張、以古非今者族、秦始皇是厚今薄古的專家。當然。我也不讚成引秦始皇。

 林彪同志插話、秦始皇焚書坑儒。

 秦始皇算什麽。他隻坑了四百六十個儒、我們坑了四萬六千儒。我們鎮反、還沒有殺掉反革命的知識分子嗎。我與民主人士辯論過、你罵我們是秦始皇、不對、我們超過了秦始皇一百倍。罵我們是秦始皇獨裁者、我們一貫承認、可惜的是、你們說的不夠、往往要我們加以補充。(大笑)

書き下し文

 范文瀾同志の最近(ちかごろ)に寫(か)きたる的(が)一篇(ひとつづり)の文章(ふみ)、我は看(み)了(た)りて很(おほ)いに高興(たかぶ)れり。(這(こ)の時に站起(た)ち來(あ)がりて講話(はな)し了(た)り)這(こ)の篇文章(ふみ)は許多(あまた)の事實(こと)を引き了(た)りて、今を厚くして古を薄くしたるは是れ我が國の傳統なりと證明(ときあか)し了(た)り、司馬光をも引き了(た)りて……惜しむ可きは秦始皇を引く有る沒(な)し。秦始皇は主張す。古(いにしへ)を以ちて今を非(そし)る者は族(みなごろし)なり、と。秦始皇は是れ今を厚くして古を薄くするが專家(たくみ)なり。當(まさ)に然り、我も也(ま)た秦始皇を引くを讚(たた)へ成(よし)とせざるも。

 林彪同志は話を插(い)る。秦始皇は書(ふみ)を焚きて儒(はかせ)を坑(あなうめ)にしたり、と。

 秦始皇、什麽(なに)をか算(かぞ)ふることあらむ。他(か)は隻(た)だ坑(あなうめ)し了(た)ること四百六十個(よおあまりむそたり)の儒(はかせ)のみ。我們(わなみ)の坑(あなうめ)し了(た)るは四萬六千(よよろづあまりむちたり)の儒(はかせ)なり。我們(わなみ)は反(さかしま)を鎮むるも、還(いま)だ命(みこと)を革むるに反(さかしま)するが知識(さかしら)の分子(うから)を殺掉(ころ)すこと有りや沒(な)し嗎(や)。我は主(あるぢ)を民とせむとする人士(ひと)と與に辯論(いひあひ)したるが過(とき)、你(な)は我們(わなみ)を是れ秦始皇なりと罵れり。對(しか)らず、我們(わなみ)は秦始皇を超過(こ)へ了(た)ること一百倍。我們(わなみ)を是れ秦始皇なり、獨裁者(もはらとするもの)なりと罵らば、我們(わなみ)は一貫(あまね)く承認(みと)めたらむ。惜しむ可き的(こと)は是れ、你們(なむぢら)の說(い)ふ的(こと)は夠(た)らず、往往(しばしば)にして我們(わなみ)の以ちて補ひ充たすを加へむことを要(もと)む。(大いに笑へり)

付記

 悪役として完璧すぎる毛沢東のふるまい。世間に流布する彼の暴虐を示すエピソードには、反共主義や差別主義の煽動を目的に創り上げられた事実無根のもの、あるいは誇張や脚色によって過剰に悪辣なものとして描かれているものが少なくない。しかし、これは中国共産党第8回全国代表大会の第2次会議における発言として、公式の議事録にしっかりと記録されている「ガチ」の発言である。

 私はかつて、岩波新書『毛沢東(著:竹内実)』に断片的な形で引用されていたことで、この言葉を知った。これに魂が震えて……というかドーパミンがドバドバ分泌されて以来、私の好きな毛沢東の言葉として頻繁に引用していたのだけど、以前はうろ覚えだったため、「始皇帝は400人の儒者を生き埋めにしたが、俺は4000人の儒者を生き埋めにしてやった。つまり俺の方が偉大だ。」という、粗雑な引用を重ねてしまっていたのである。

 本文は、今なら原典を確認し、原文から訳すことができるのではないかと思い立ち、自分で翻訳したものなわけだけど……なんだろう、想定の10倍ヤバい内容だった。うろ覚えだったこともあり、「原文のニュアンスは意外と大したことがないのでは」「実は存在しない言葉だったりして」といった不安もあったのだけど、それは杞憂に終わった。今は逆方向の脅威に晒されてしまっているわけだけども。なんだこの圧は。「本物」はやはり違う。

 みなさんも上掲の毛主席の言葉を熟読し、そしてドーパミンをドバドバ出して明日の活力にしてほしい。

底本

在八大二次會議上的講話(摘要)(一)(一九五八年五月八日下午四時五十分)