東明王篇

元氣判混渾  はじめの氣、混渾に わか  万物の根元たる氣は、混渾へ分裂し、
天皇地皇氏  天皇と地皇氏は  天皇と地皇には、
十三十一頭  十三と十一の かしらあり  それぞれ十三と十一の頭があり、
體貌多奇異  體貌 すがたかたち くしき あだしき多し  體貌 すがたかたち 奇異 くしきは多く、
其餘聖帝王  其の餘の聖なる帝王も  それ以外の聖なる帝王も、
亦備載經史  亦た備はること經史に載る  同じく 奇異 くしきを備えていたと経典や史伝に載っている。
女節感大星  女、 おりに大星を感じ  女が大星に感応すると、
乃生大昊摯  すなはち大昊摯を生ず  大昊摯が産まれた。
女樞生顓頊  女樞、顓頊を生ずるとき  女樞が顓頊を産んだときも、
亦感瑤光暐  亦た瑤光暐を感ず  同様に瑤光暐に感応した。
伏羲制牲犧  伏羲、牲犧を制し  伏羲は生贄の儀式を取り決め、
燧人始鑽燧  燧人、 鑽燧 ひきりを始む  燧人は きりではじめて火をおこした。
生蓂高帝祥  蓂を生ずるは、高帝の きざし  蓂莢が生えるのは、堯帝の きざし
雨粟神農瑞  粟を あめふらすは、神農の きざし  粟の雨が降るのは、神農の きざし
靑天女媧補  天を靑くするは女媧の たすけ  天を青くするのは女媧の たすけ
洪水大禹理  洪水、大禹 おさ  洪水は大禹が治めた。
黃帝將升天  黃帝將に天に升らむとすれば  黃帝が天に昇ろうとすれば、
胡髥龍自至  胡髥 えびすひげの龍、自ら至る  胡髥 えびすひげを生やしたの龍が、自らやってきた。
太古淳朴時  太古の淳朴なる時  太古の淳朴な時代には、
靈聖難備記  靈聖、記を備ふること難し  靈聖について、記録を備えることは難しく、
後世漸澆漓  後世、漸し 澆漓 おとろへたり  後世に降れば、徐々に道徳が廃れ、
風俗例汰侈  風俗、汰侈を ならは  風俗も過ぎた文飾が当たり前になってしまったので、
聖人間或生  聖人、 まにまに生ずること らねども  聖人がたまに生まれることはあるかもしれないが、
神迹少所示  神の あしあと、示す所は少なし  神異の あしあとが示されることは少なくなってしまった。
     
漢神雀三年  漢神雀三年  漢神雀三年
孟夏斗立已  孟夏斗立已  孟夏斗立已
海東解慕漱  海東 わたつみのひがし 解慕漱 へモス  海東の 解慕漱 へモス
眞是天之子  まさしく是れ天 むすこ  まさしく彼は天の子である。 
初從空中下  初め空中 り下るに  さて、空の中から下りし時、
身乘五龍軌  身は五龍の わだちに乘り  自身は五頭の龍が引く御車に乗り、
從子百餘人  從子 おともは百餘人  百人余りの従者は、
騎鵠紛襂襹  くぐい またが 襂襹 たれさがるはね いりみだし  白鳥に またがり、垂れ下がる羽毛を縺れ合わせ、
淸樂動鏘洋  淸らなる樂、 なりひびくこと うつくしく みちみちたり  清らかな楽が甲高く洋々と鳴り響き、
彩雲浮旖旎  にじいろの雲、浮かぶこと 旖旎 うるはし 七色の雲が風になびきながら美しく浮かんでいた。
自古受命君  いにしへ より命を君に受く 古来より、天命は君主に授けられてきたのだ。
何是非天賜  何ぞ是れ天の たまはるに非ざりき これも天からの賜物でないと、なぜ言えるのだ。
白日下靑冥  くもりなき日、靑き ちからを下し 潔白の太陽から青色の冥が下り、
從昔所未視  昔の未だ視ざる所に いまだかつて見たことのない場所から、
朝居人世中  あした、人を世の うち らせむるも 朝、人々を世の中に居らせたが、
暮反天宮裡  あまのぼり あめ みや うち かへらむ 暮、天宮の中まで引き返したという。
吾聞於古人  吾は いにしへの人 より聞けり 私がいにしえの人から聞いたこと。
蒼穹之去地  あお おほぞら さいはての地 蒼穹の最果ての地は、
二億萬八千  二億萬八千 二億一萬八千と、
七百八十里  七百八十里 七百八十里離れ、
梯棧躡難升  梯棧 はしご めども升り難く 梯子を架けて昇ろうにも昇れず、
羽翮飛易悴  はね ひるがえり飛べども かじかみ易し 翼を翮して飛ぼうにもたどり着くことはできない。
朝夕恣升降  朝も ゆうべ ほしいまま のぼり くだる 朝も夕もなく、ほしいままに昇り降るとは、
此理復何爾  此の理、復た何ぞ しからむ どんな理力で、このようにしているのか。
     
城北有靑河  城の北に靑河有り 城の北には青河がある。
河伯三女美  河伯の みたり むすめは美しからむ 河伯の三人の娘は美しく、
擘出鴨頭波  つみざきて鴨頭の波に出で 鴨頭の波を劈いて飛び出し、
往遊熊心涘  往きて熊心の みずべに遊べば 熊心の水辺に遊んでいると、
鏘琅佩玉鳴  鏘琅たる佩玉の おと 佩玉が触れ合い、音は美しく鳴り響き、
綽約顔花媚  綽約 たおやかなる顔は はなばなしく かわいらし たおやかなる顔は華麗でありながらかわいらしく、
初疑漢皐濱  初め疑うらくは漢の 皐濱 さわはま はじめはまるで漢の沢浜のようだと思い、
復想洛水沚  洛水の なぎさ 復想 おもひおこ 洛水の なぎさを想い出した。
王因出獵見  王、獵に出ずるに因りて見ゆれば 王が狩りに出たとき、そこに現れ、
目送頗留意  目の送ること頗る意に留まるも 目の送ること頗る こころに留まったが、
玆非悅紛華  むしろ 紛華 きらびやかなることを悅ぶに非ず その光景の 紛華 きらびやかさを悦ぶことなく、
誠急生斷嗣  誠に斷嗣を生むことを急ぐ まだなき後継ぎを生ませようと急ぐばかり。
三女見君來  みたり むすめ、君の來たるを見 三人の娘は、君が来たのを見ると、
入水尋相避  水に入りて まもなく相ひ のがるる 川に飛び込んでそのまま皆で逃げ出した。
擬將作宮殿  將に 宮殿 みや おこさむと はか これから宮殿を作ろうと図り、
潛候同來戱  ひそかに同じく戱れに來たるを うかがはむと 先ほどのように戱れに来るのをこっそりと伺いながら、
馬過一畫地  馬、一畫の地を過ぐれば 馬が一画の地を過ぎたところ、
銅室欻然峙  銅室、 欻然 たちまち そばだ 銅室が欻然とそばだち、
錦席鋪絢明  錦席は絢明を しきつ 錦の席には絢明が敷き詰められ、
金罇置淳旨  こがね ほだり 淳旨 さけを置き 金の酒樽には清酒が満たされ、
蹁躚果自入  蹁躚 ちどりあしにして果たして自ら入り 千鳥足になりながら果たして自ら入ると、
對酌還徑醉  酌に こたへて醉に還り徑らむ お酌に応えるうちにまたしても酔っ払ってしまった。
君是上帝胤  君是れ上帝の せがれならば 「君よ、あなた様が上帝の せがれならば、
神變請可試  神變、試す可けむと請へり 神変を試させていただきたい。」
漣漪碧波中  漣漪 さざなみ 碧波 あおなみ うち 漣漪 さざなみ 碧波 あおなみ うちで、
河伯化作鯉  河伯は化して鯉と れば 河伯が化して鯉となれば、
王尋變爲獺  王も まもなく變じて かわうそと爲り 王もすぐさま変じて かわうそとなり、
立捕不待跬  立ちて捕ふること跬を待た 立って捕えるまでに半歩も行かなかった。
又復生兩翼  又た ふたつ つばさ ふたたび生やし また両翼を ふたたび生やし、
翩然化爲雉  翩然と化して雉と爲れば 翩然と化して雉となれば、
王又化神鷹  王も又た神鷹と化し 王もまた神鷹と化し、
搏擊何大鷙  はばたき つは何ぞ 大鷙 あらどりならむか はばたき擊てば、まるで 大鷙 あらどりのよう。
彼爲鹿而走  彼の鹿と爲り 走らば 彼が鹿となって走り逃げれば、
我爲豺而進  我も やまいぬと爲り 進む 我も やまいぬとなって進み捕らえる。
河伯知有神  河伯、神有るを知り 神なることを悟った河伯は、
置酒相燕喜  酒を置きて相ひ くつろぎ喜べり 酒を置いて互いにくつろぎ宴喜した。
     
伺醉載革輿  よひを伺ひて かわ 輿 みこしに載せ 酔っぱらったところを見計らい、 かわ 輿 みこしに載せてやり、
幷置女於輢  幷びて むすめ くるまのかべいた 置くは 娘を くるまのかべいたに並べて置いた。
意令與其女  こころに其の女と ともにせ めむとせむ 自らの娘とつがわせようと思い、
天上同騰轡  天上と くつわ ぐるを同じくするも くつわを天上と同じ高さに げようとしたが、
其車未出水  其の車の未だ水に出でずして その車が水から出る前に、
酒醒忽驚起  めれば たちまち驚き起き 酒は醒めて たちまち驚き起き、
取女黃金釵  女の 黃金 こがね かんざしを取り 娘の 黄金 こがね かんざしを手に取り、
剌革從竅出  革に剌して あな りて出ず 革に剌して あなから出ると、
獨乘赤霄上  獨り赤き おほぞらの上に のぼ 独り真っ赤に染まった大空より上まで昇り、
寂寞不廻騎  寂寞として かへ ること あらず。 寂寞として二度と輿まで舞い戻ることはなかった。
河伯責厥女  河伯、 むすめを責め 河伯、その娘を責め、
挽吻三尺弛  くちびる けば三尺に弛み 唇を くと三尺の長さに伸びきってしまった。
乃貶優渤中  乃ち優渤の中に おと そのまま優渤の中に叩き落とし、
唯與婢僕二  唯だ婢僕の ふたりのみを あた 婢僕二人を与えるのみであった。
漁師觀波中  漁師、波中を觀れば 漁師が波の中を観ていると、
奇獸行𩣚騃  めづらしき けもの すすむこと𩣚騃たり 奇獣が 𩣚騃 のろのろと動いていた。
乃告王金蛙  乃ち王の 金蛙 クムワに告げ すぐに王の 金蛙 クムワに報告し、
鐵網投湀湀  くろがねの網投げ湀湀とし くろがねの網を湀湀と投げ、
引得坐石女  引きて坐する石の女を得 引いてみると座った石の女が引っかかっていた。
姿貌甚堪畏  姿貌 すがたかたち甚だ おそるるに堪る 姿貌 すがたかたちはひどく おそるるに堪るもので、
唇長不能言  くちびる長く言ふに能は ざる くちびるが長く喋ることができなかったので、
三裁乃啓齒  みたび裁てば乃ち齒 ひらけり 三度にわたって断ち切ると、そこで歯が開いて見えた。
王知慕潄妃  王、 慕潄 へモス きさきと知り 王は 慕潄 へモスの妃 きさきと知り、
仍以別宮置  仍りて別宮を以て置く 別宮に隔離することにした。
     
懷日生朱蒙  日を懷きて朱蒙を生む 太陽を懐に抱いて朱蒙を生み、
是歲歲在癸  是の歲、歲は癸に在り この歲、歲は みずのとにあり。
骨表諒最奇  骨表、 すなおにして最も めずらし 顔立ちは すなおであり、人相は しきことそのもの。
啼聲亦甚偉  啼聲 なきごえも亦た甚だ すぐれ 啼き声も遥かに すぐれ、
初生卵如升  初め卵を生むこと ますの如し 最初に ますのような卵を生んだとき、
觀者皆驚悸  觀る者、皆 驚悸 おどろく 観る者皆が度肝を抜かされて驚き、
王以爲不祥  以爲 おもへらく不祥たり 王が考えるには「不祥である。
此豈人之類  此れ豈に人 類か、と こやつが人類であろうか。」
置之馬牧中  之れを馬の まきの中に置かば それを馬の牧場の中に置くと、
群馬皆不履  むらがる馬は皆が履むこと 馬の群れの誰も踏む者はなく、
棄之深山中  之れを深き山の中に棄つれば それを深い山の中に棄てれば、
百獸皆擁衛  あらゆる けものは皆が擁衛 まもる あらゆる獣皆が取り囲んで護った。
母姑擧而養  母姑擧げ 養ひ 母姑が取り挙げて養い、
經月言語始  月を經れば ことば かたりを始む 一月も経てば言葉を語り始め、
自言蠅噆目  自ら言へるに蠅は目を せせ 自ら言ったことに、「蠅が目を せせるので、
臥不能安睡  臥しても安睡すること能は 横になっても安眠することができません。」
母爲作弓矢  母は ためにして弓矢を つく 母は朱蒙のために弓矢を作った。
其弓不虛掎  其の弓、 ひくを虛しくすること その弓を引けば、命中しないことはなかった。
     
年至漸長大  年至り漸し長大たり 年を経るごとに身体は少しずつ大きくなり、
才能日漸備  才能日に漸し備はり 才能は日に少しずつ備わり、
扶余王太子  扶余王の太子 扶余王の太子、
其心生妬忌  其の心に 妬忌 ねたみを生ぜり その心に 妬忌 ねたみを生じ、
乃言朱蒙者  すなはち朱蒙と言ふ者 「つまり、朱蒙という者は、
此必非常士  此れ必ず非常の士 非常の士に違いなく、
若不早自圖  若し自らの圖するを早くせ れば 早く私の言う通りにしなければ、
其患誠未已  其の うれひは誠に未だ まざりき、と その うれいは今後とも已むことはないでしょう。」
王令往牧馬  王牧馬に往かせ 王は馬の牧場に往かせることで、
欲以試厥志  以て の志を試さむと欲せり その志を試そうとした。
自思天之孫  自ら天 孫と思へば 自ら天の孫と思えば、
厮牧良可恥  まき しもべするは良く恥ず可し 牧場の しもべとなることは、とても恥ずべきことで、
捫心常竊導  心を つぶし常に竊かに かたるは 心を つぶして、いつも竊かに語っていた。
吾生不如死  吾の生くるは死ぬに如か りき 「私にとっては生きるよりも死ぬ方がマシだ。
意將往南土  こころ まさに南の土に往き 私の おもいとしては、これから南の土地に往き、
立國入城市  國を立て城市に入らむとするも 国を立て城市に入りたいものであるが、
爲緣慈母在  慈母の まするに緣るが ため 慈母が在世されるから、
離別誠未易  離別すること誠に未だ易からず そうそう離別することはできないのだ。」
其母聞此言  其の母、此の ことばを聞き その言葉を聞いた彼の母は、
潛然杖淸淚  潛然として淸らなる淚を杖(?) ひそかに清らかな涙を流した。
汝幸勿爲念  汝の みゆきするに おもひを爲すこと勿れ 「お前の出幸するのなら、気にかけることはありません。
我亦常痛痞  我も亦た常に痛み ふさげり 私だっていつも心が痛み塞いでいるのです。
土之涉長途  長き みちを涉らば 土地をゆく長き みちを涉るには、
須必馮騄駬  須く必ず騄駬に馮 たのむべし、と 騄駬に頼るしかありません。」
     
相將往馬閑  相ひ將に 馬閑 うまやに往かむとし こうして、厩に行こうとして、
卽以長鞭捶  卽ち長鞭を以て捶 むちうたば 長鞭を振るったその時、
群馬皆突走  群馬は皆突き走るも 群馬の皆が突っ走ったが、
一馬騂色斐  ひとつの馬は あか色の あや 一匹の あかく美しい馬だけが、
跳過二丈欄  二丈の欄を跳ね過えて 二丈の欄を跳び超えて、
始覺是駿驥  始めて覺むるや是れ駿驥たり これが駿驥であると始めて気づいた。
潛以針自舌  潛かに針を以て自らの舌にし こっそりと針を馬の舌に刺し、
酸痛不受飼  酸痛 うずきいたみ えさを受け りて 痛みが疼いて飼料を食べられず、
不日形甚癙  ひごとの形なら 甚だ やせおとろゆ 日に日に元の姿を失い、ひどく痩せ衰えてゆき、
却與駑駘似  のろきは駑駘 似たり のろまさは駑駘と似たり。
爾後王巡觀  爾る後に王の巡り觀れば その後、王が巡り観たとき、
予馬此卽是  予の馬此れ卽ち是れなり、と 「これを私の馬にします。」
得之始抽針  之れを得て始めて針を それを手に入れてからはじめて針を き、
日夜屢加餧  日夜 しばしば えさを加ゆ 日夜頻繁に えさを与えた。
     
暗結三賢友  ひそかに結ぶは みたりの賢友 ひそかに三人の賢友と結んだ。
其人共多智  其の人共に智多し 彼らは皆が智多し。
南行至淹滯  南に行きて淹滯まで至り 南に進んで淹滯までたどり着き、
欲渡無舟艤  渡らむと欲するも舟 ふね無し 渡ろうとしたけど、 舟艤 ふねがなく、
秉策指彼蒼  むち り彼の あおぞらを指し 馬の鞭を手に取り、遥か彼方の蒼天を指し、
慨然發長喟  慨然として長き ためいきを發つ 慨然として長い ためいきをついた。
天孫河伯甥  天の孫にして河伯の甥 「天の孫にして河伯の甥、
避難至於此  難きを避れて此 至れり 難を のがれてここまでたどり着いた。
哀哀孤子心  哀哀たらむかな 孤子 みなしごの心 なんとも哀れなるか、 孤子 みなしごの心。
天地其忍棄  天地其れ棄つるを忍ばむや さて天地よ、棄るに忍ばぬか。」
操弓打河水  弓を操り河水を打たば 弓を操り河水を打つと、
魚鼈騈首尾  魚や すっぽん首尾を あは 魚や すっぽんが首尾を あわせ、
屹然成橋梯  屹然として橋梯を成し 屹然として橋梯を成し、
始乃得渡矣  始めて乃ち渡るを得 はじめてこの時渡ることができたのだ。
俄爾追兵至  俄かに爾りて おっての兵至り 間もなくして追手の兵がたどり着いたが、
上橋橋旋圮  橋に上れば橋 もど くずるる 橋に乗ると橋は元に戻り崩れた。
     
雙鳩含麥飛  ふたつの鳩は麥を含みて飛び つがいの鳩が麥を咥えて飛び立ち、
來作神母使  神母の 使 つかひ り、 神母の使者となって来た。
     
東明西狩時  東明、西に狩る時 東明が西で狩りをしていると、
偶擭雪色麂  たまたま雪色の のろを擭 たまたま雪色の のろを得たので、
倒懸蟹原上  倒して蟹原の上に懸け 倒して蟹原の上に懸け、
敢自呪而謂  敢へて自ら呪ひ 謂ふ 敢えて自ら呪い、そして言った。
天不雨沸流  天の沸流に あめふらすこと 「天が沸流に雨を降らせることなく、
漂汝其都鄙  汝を其の みやこ いなかに漂はせ みやこ いなかに汝を漂泊させないのであれば、
我固不汝放  我固より汝の ほしいままにせ 我は固より汝を解放するつもりはない。
汝可助我懫  汝、我の いかりを助くる可し、と 汝よ、我の いかりを助けるがよい。」
鹿鳴聲甚哀  鹿の 鳴聲 なきごえ、甚だ哀しき 鹿の鳴声は、あまりに哀しく、
上徹天之耳  上は天 耳を つらぬ 遥か天の耳を つらぬき、
霖雨汪七日  霖雨 ながめの汪ぐこと七日 霖雨 ながめが汪ぐこと七日、
霈若傾淮泗  おほあめ、淮泗を傾るが若し 大雨は、淮泗を傾けるほどで、
松讓甚憂懼  松讓甚だ憂ひ懼れ 松讓はひどく憂患と恐懼を抱き、
沿流謾橫葦  流れに沿ひて 橫葦 よこあし おこた 流れに沿って 橫葦 よこあしを覆い繁らせると、
士民競來攀  士民競ひて すがりに來たり 士民が競って すがりに来て、
流汗相𥈭眙  汗を流して相ひ 𥈭 おどろ みつ 汗を流しながら互いに驚き見つめ合うと、
東明卽以鞭  東明卽ち鞭を以て 東明はすぐに鞭を挙げ、
畫水水停沸  水を畫すれば、水、沸くを 水を断ち切ると、水は湧かなくなった。
松讓擧國降  松讓、國を擧げて降り 松讓は国を挙げて降伏し、
是後莫予訾  是の後、 わるくち あたうること莫し この後も、不平を言うことはなかった。
     
玄雲羃鶻嶺  くろき雲、鶻嶺を おほ くろき雲が鶻嶺を覆い隠したので、
不見山邐迤  山の 邐迤 まがりくねりたるを見ること あら 曲がりくねった山脈を見ることはできず、
有人數千許  人數千 あまり有り 数千人の人々が、
斲木聲髣髴  木を斲つる おと、髣髴とし 木を削るような音ばかりが鳴り響いた。
王曰天爲我  王曰く、天は我の ため 王は言う。「天は俺のために、
築城於其趾  城を其の ふもと 築けり、と 城を自らの足許に築いたのだ!」
忽然雲霧散  忽然として雲霧散ずれば たちまち雲が霧のように消え去ると、
宮闕高㠥嵬  宮闕は高く、㠥は けわしき 宮闕が高く、城㠥が嶮しく聳え立っていた。
在位十九年  くらひ ますること十九年 位在すること十九年、
升天不下莅  天に升り みかどのくらひに下ること あらざらむ 朱蒙は天上高くまで昇ると、二度と地を這う人々の王位に下ることはなかった。
     
俶儻有奇節  俶儻に くしき ところ有り 自由闊達な才覚に優れた者には、 くしき ところがあるもので、
元子曰類利  元子は類利と曰ひ 元子の類利は、
得劒繼父位  劒を得て父の位を繼がば 劒を手に入れ、父の王位を継承し、
塞盆止人詈  盆を塞ぎて人の わるくちを止む 盆を塞いで、人の わるくちを止めた。
     
我性本質木  我の性は もともと質木たり 私は本来、質朴な性格で、
性不喜奇詭  性は奇詭を喜ぶに あら 奇詭を喜ぶ性分ではない。
初看東明事  初め東明の事を看ゆれば 初めて東明の事跡を熟読したとき、
疑幻又疑鬼  幻なるを疑ひ、又た鬼たるを疑ひけるも 幻ではないかと疑い、あるいは鬼ではないかと疑ったが、
徐徐漸相涉  徐徐に漸し相ひ涉らば しばらくして徐々に書伝と己が通じ合い、
變化難擬議  變化して 擬議 おもひめぐり難し 思いは変わって疑いを持つことができなくなった。
況是直筆文  いはむや是れ直筆の文 ましてやこれは直筆の文、
一字無虛字  一字も字を虛しくすること無かりければ 一字たりとも字に虚偽はないはずである。
神哉又神哉  神なる かな、又た神なる かな 神に違いない、ああ神に違いない!
萬世之所韙  萬世 ただしくきとする所 萬世の正統とされる要因を鑑みて、
因思草創君  因りて草創の君を思へば 草創の君であることを思えば、
非聖卽何以  聖に非ざれば卽ち何以ならむ 聖でなければ何であるというのか!
     
劉媼息大澤  劉媼、大澤に やす 劉媼は大澤で休息していたとき、
遇神於夢寐  夢寐 ゆめ いて神に遇へり 夢の中で神に遇い、
雷電塞晦暝  雷電、晦暝 くらやみを塞ぎ 雷電が 晦暝 くらやみを塞ぎ、
蛟龍盤怪傀  蛟龍 みづち めぐること怪傀たり 奇怪にも 蛟龍 みずちがぐるぐるとその場で回ると、
因之卽有娠  之れに因りて卽ち はらむ有り それによって妊娠し、
乃生聖劉季  乃ち聖劉季を生ず 聖劉季を産んだのである。
是惟赤帝子  是れ おもむみるに赤帝の子ぞ これは赤帝の子であると考えられ、
其興多殊祚  其の 興’ おこりは、 ことに祚 としを多ならしめむ その興隆から永きこと比類なく王朝は続いた。
世祖始生  世祖始めて生まれし時 世祖がはじめて生まれし時、
滿室光炳煒  室に滿つるは 光炳 ひかり きらめき 屋敷を満たしたのは 光炳 ひかり きらめき
自應赤伏符  自ら赤伏符に こた 自ら赤伏符に応え、
掃除黃巾僞  黃巾の僞を掃き除く 黃巾の偽を掃き除いだ。
自古帝王興  いにしへの帝王の興る より 古の帝王が興隆してから、
徵瑞紛蔚蔚  徵瑞、紛すること蔚蔚とす 吉兆を隠す邪障が草や雲のように覆い茂り、
末嗣多怠荒  末の あとつぎ なまけ あれること多し 末裔の 嗣子 あとつぎまで怠慢と荒蕪の時は永く、
共絶先王祀  共に先王の祀を絶やせり 先王の祭祀も絶たれてしまったが、
乃知守成君  すなはち君を守成すること知らむとすれば もし君王を守成したいと考えるならば、
集蓼戒小毖  蓼を集むるに小毖を戒めとし 困難に遭えば詩経『小毖』を戒めとし、
守位以寬仁  位を守るに寬仁を以てし 位を寬仁によって守り、
化民由禮義  民を化するに禮義に由らば 人民を礼義によって教化すれば、
永永傳子孫  永永として子孫に傳はり 末永く子孫に伝わり、
御國多年紀  御國、年紀を ながらえむ 御国、年紀を永らえん。




東明王篇
舊三國史 東明王本記
東國李相國集



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