子曰人而無信章

伝

漢文

 子曰、人而無信、不知其可也。


書き下し文

 子の曰 ( のりたまは ) く、人にして信 ( まこと ) 無くば、其の可 ( よろしき ) を知らざるなり。

集解

漢文

 孔曰、言人而無信、其餘終無可。


書き下し文

 孔曰く、言へらくは、人にして信 ( まこと ) 無くば、其の餘 ( ほか ) も終 ( つひ ) に可 ( よろしき ) 無し。

現代語訳

 孔氏はいう。人でありながら信がなければ、それ以外もことごとく"いいとこなし"だと言っているのだ。

伝

漢文

 大車無輗、小車無軏、其何以行之哉。


書き下し文

 大車に輗無く、小車に軏無くば、其れ何の以ちて之れを行ふかや。

集解

漢文

 包曰、大車、牛車。輗者、轅端橫木、以縛軛。小車、駟馬車。軏者、轅端上曲鉤衡。


書き下し文

 包曰く、大車は牛車。輗なる者は、轅の端の橫の木、以ちて軛を縛れり。小車は駟 ( よだち ) の馬車。軏なる者は、轅の端の上の曲がりし鉤 ( かぎ ) の衡 ( くさび ) たり。

現代語訳

 包氏はいう。『大車』は牛車である。『輗』とは、轅の端の横木であり、軛を縛るのに用いる。『小車』は四頭立ての馬車である。『軏』とは、轅の端の上の曲がった鉤の衡 ( くさび ) である。

疏 或謂至為政

漢文

 疏、子曰至之哉。
○正義曰、此章明信不可無也。人而無信、不知其可也者、言人而無信、其餘雖有他才、終無可也。大車無輗、小車無軏、其何以行之哉者、此為無信之人作譬也。大車、牛車。輗、轅端橫木、以縛軛駕牛領者也。小車、駟馬車。軏者、轅端上曲鉤衡、以駕兩服馬領者也。大車無輗則不能駕牛、小車無軏則不能駕馬、其車何以得行之哉。言必不能行也、以喻人而無信、亦不可行也。


書き下し文

 疏 ( おぎなひ ) 、子曰至 ( ないし ) 之哉。
○正しき義 ( ことはり ) に曰、此の章 ( ふみ ) は信 ( まこと ) の無くす可からざるを明らむなり。人にして信 ( まこと ) 無くば、其の可 ( よろしき ) を知らざるなり者 ( とは ) 、言へらくは、人にして信 ( まこと ) 無くば、其の餘 ( ほか ) は他の才 ( かど ) を有 ( も ) つと雖も、終 ( つひ ) に可なること無きなり。大車 ( おほぐるま ) に輗無く、小車 ( をぐるま ) に軏無し、其れ何の以ちて之れを行ふかや者 ( とは ) 、此れ信 ( まこと ) 無きが人の為に譬へを作 ( をこ ) すなり。大車は牛車。輗は轅の端の橫の木、軛を縛るを以ちて牛に駕りて領 ( をさ ) むる者なり。小車は駟 ( よだて ) の馬車。軏なる者、轅の端の上の曲がりし鉤の衡 ( くびき ) 、兩 ( ふたつ ) を以ちて駕 ( の ) りて馬を服 ( したが ) はせしめて領 ( をさ ) むる者なり。大車 ( おほぐるま ) に輗無くば則ち牛に駕るに能はず、小車 ( をぐるま ) に軏無くば則ち馬に駕ること能はず、其の車は何の以ちて之れに行くを得るかや。言へらくは、必ず行くこと能はざるなり。以ちて人にして信 ( まこと ) 無くば、亦た行ふ可からざるを喻 ( さと ) すなり。


現代語訳

○正義(正統な釈義)は次の通りである。
 この章では信をなくしてはならないことを明らかにしている。

「人にして信 ( まこと ) 無くば、其の可 ( よろしき ) を知らざるなり」とは「人でありながら信がないなら、それ以外に他の才覚を有していたとしても、最後にはうまくいかない」と言っているのだ。

「大車 ( おほぐるま ) に輗無く、小車 ( をぐるま ) に軏無し、其れ何の以ちて之れを行ふかや」について。これは信のない人のために譬喩を作ったものだ。『大車』とは牛車であり、『輗』は轅の端の横木、軛を縛ることで牛に跨り操縦するものである。『小車』とは四頭立ての馬車のこと。『軏』とは、轅の端の上の曲がった鉤の衡 ( くびき ) であり、両側にかけることで跨り、馬を従わせて操縦するものである。

「大車 ( おほぐるま ) に輗無くば則ち牛に駕るに能はず、小車 ( をぐるま ) に軏無くば則ち馬に駕ること能はず、其の車は何の以ちて之れに行くを得るかや」は「間違いなくうまくいくことができないものだ」と言っているのだ。これによって人でありながら信がなければ、同じくうまくいくことがないと諭したのだ。

注 包曰至鉤衡

漢文

○注、包曰至鉤衡。
○正義曰、云、大車、牛車者、冬官考工記、車人為車、大車崇九尺。鄭注云、大車、平地載任之車、轂長半柯者也。其駕牛、故酒誥曰、肇牽車牛、遠服賈用。故曰、大車、牛車也。說文云、輗、大車轅端持衡者、軛轅前也。是輗者、轅端橫木以縛軛者也。云、小車、駟馬車者、考工記兵車、田車、乘車也、皆駕駟馬、故曰駟馬車也。說文云、軏、者、車轅端持衡者。考工記云、國馬之輈、深四尺有七寸。注云、馬高八尺。兵車、乘車軹崇三尺有三寸、加軫與轐七寸、又幷此輈深、則衡高八尺七寸也。除馬之高、則餘七寸、為衡頸之間。是輈在衡上也。轅從軫以前稍曲而上至衡、則居衡之上而嚮下鉤之、衡則橫居輈下、是轅端上曲鉤衡者名軏也。


書き下し文

○注、包曰至 ( ないし ) 鉤衡。
○正しき義 ( ことはり ) に曰く、大車、牛車なると云ふ者、冬官の考工記は、車人の車を為 ( つく ) るは、大車 ( おほぐるま ) の崇 ( たか ) さ九尺、と。鄭の注に云く、大車 ( おほぐるま ) は平地 ( ひらつち ) の載せ任 ( にな ) ふが車、轂 ( こしき ) の長さは柯を半ばとする者なり。其れ牛に駕り、故に酒誥に曰く、肇 ( はぢめ ) は車の牛を牽き、遠く賈 ( あきなひ ) の用 ( つとめ ) に服 ( したが ) へり。故に曰く、大車 ( おほぐるま ) は牛車なり、と。說文に云く、輗は、大車 ( おほぐるま ) の轅の端の衡 ( くびき ) を持 ( たも ) つ者、軛轅の前なり。是の輗なる者、轅の端の橫の木、以ちて軛を縛る者なり。小車 ( をぐるま ) は駟 ( よだて ) の馬車と云ふ者、考工記に、兵車、田車、乘車なるや、皆が駟馬 ( よつのうま ) に駕 ( の ) り、故に駟 ( よだて ) の馬車なりと曰ふ。說文に云く、軏なる者、車の轅の端の衡 ( くびき ) を持 ( たも ) つ者たり。考工記に云く、國馬の輈 ( ながえ ) 、深さは四尺有 ( あまり ) 七寸。注に云く、馬の高さは八尺。兵車、乘車の軹は崇 ( たか ) さ三尺有 ( あまり ) 三寸、軫と轐の七寸を加へ、又た此の輈の深さを幷せ、則ち衡 ( くびき ) の高さは八尺七寸なり。馬の高さを除かば、則ち餘りは七寸、衡 ( くびき ) の頸の間と為る。是の輈は衡の上に在るなり。轅は軫從り以ちて前は稍く曲がりて上は衡 ( くびき ) に至らば、則ち衡の上にして嚮の下に居りて之れに鉤 ( か ) け、衡 ( くびき ) は則ち橫は輈の下に居り、是れ轅の端の上の曲がりし鉤の衡 ( くびき ) なる者は軏と名づくなり。


現代語訳

○正義(正統な釈義)は次の通りである。
「『大車』は牛車である」とあることについて、冬官の考工記に、「車職人が車をつくるにあたっては、大車の高さは九尺である」とある。鄭氏の注には、「大車とは平地にて載せて荷う車であり、轂 ( こしき ) の長さが柯の半分のものである」とある。それは牛に駕跨し、だから酒誥には、「最初は車の牛を牽いて、遠くの商売の用途に服す」とあるのだ。ゆえに、「『大車』は牛車である」とあるのだ。説文には、「輗とは、大車の轅の端の衡 ( くびき ) を保つためのものであり、軛轅の前である」とある。ここでの『輗』とは、轅の端の横木から軛を縛るものである。「『小車』は四頭立ての馬車である」というのは、考工記に「兵車、田車、乗車とは、すべて四頭立ての馬に駕跨す」とある、だから「四頭立ての馬車である」というのだ。説文には、「『軏』とは、車の轅の端の衡 ( くびき ) を保つものである」とある。考工記には、「国馬の輈 ( ながえ ) の深さは四尺七寸」とある。注には、「馬の高さは八尺。兵車、乗車の軹は高さ三尺三寸、軫と轐の七寸を加え、次にこの輈の深さを併せれば、衡 ( くびき ) の高さは八尺七寸である。馬の高さを除くと、余りは七寸となり、衡 ( くびき ) の頸の間である。この輈とは、衡 ( くびき ) の上にある。轅は軫から前に向けて少しずつ曲がっていき、上が衡 ( くびき ) まで至れば、衡 ( くびき ) の上にして嚮の下にあり、ここに鉤 ( か ) けて衡 ( くびき ) は横が輈の下にある。ここで「轅の端の上の曲がった鉤の衡 ( くびき ) 」は『軏』と名付けられる。

底本

論語注疏- 中國哲學書電子化計劃