初転法輪

仏陀の心、思念を生ず

現代語訳

 時に世尊の心は思念を生じた。

「余はこれから誰の為に最初に法を説けばよいのか。誰が速やかに法を悟ることができるだろうか……。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「かの阿羅邏迦羅摩(アーララ・カーラマ)は賢明にして聡敏、伶俐にして長夜にあってもきわめて塵垢が少ない。余は最初に阿羅邏迦羅摩(アーララ・カーラマ)のために法を説くことにしよう。彼は速やかにこの法を悟ることになろう。」

 時に天神が姿を現すことなく世尊に告げた。

――羅邏迦羅摩は七日前に生命を終えてしまったヨ。

 世尊も自ら気づいた。

「阿羅邏迦羅摩(アーララ・カーラマ)は七日前に生命を終えてしまっている。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「阿羅邏迦羅摩(アーララ・カーラマ)……これは大いなる損失だっ! 彼がもしこの法を聞けば、速やかに悟っていたであろうに……。」


 時に世尊の心は思念を生じた。

「余はこれから誰の為に最初に法を説けばよいのか。誰が速やかに法を悟ることができるだろうか……。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「鬱陀迦羅摩子(ウッダカ・ラーマ・プッタ)は賢明にして聡敏、伶俐にして長夜にあってもきわめて塵垢が少ない。余は最初に鬱陀迦羅摩子(ウッダカ・ラーマ・プッタ)のために法を説くことにしよう。彼は速やかにこの法を悟ることになろう。」

 時に天神が姿を現すことなく世尊に告げた。

――鬱陀迦羅摩子(ウッダカ・ラーマ・プッタ)は昨夜に生命が終わってしまったヨ。

 世尊も自ら気づいた。

「鬱陀迦羅摩子(ウッダカ・ラーマ・プッタ)は昨夜に生命が終わっていた。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「鬱陀迦羅摩子(ウッダカ・ラーマ・プッタ)……これは大いなる損失だっ! 彼がもしこの法を聞けば、速やかに悟っていたであろうに……。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「余はこれから誰の為に最初に法を説けばよいのか。誰が速やかに法を悟ることができるだろうか……。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「五人の比丘は余のために饒益を多くもたらしてくれた。余が専心精進していた時、仕事を余から継承したのだ。余は最初に五人の比丘のために法を説くことにしよう。」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「五人の比丘は、今はどこにいるのだろうか。」

 世尊は清浄なる人を超えた天なる眼によって、五人の比丘が波羅㮈(バラナシ)国の仙人堕処(サールナート)にある鹿野苑(リシパタナ・ムリガダーバ)にいるのが見えた。時に世尊は意のままにしばらく優樓頻螺(ウルヴィーラ)に居住した後、波羅㮈(バラナシ)に向かって遊行したのであった。


漢文

 時、世尊心生思念、我應為誰先說法耶。誰能速悟此法耶。時、世尊心生思念、彼阿羅邏迦羅摩賢明、聰敏、伶俐、長夜甚少塵垢、我宜先為阿羅邏迦羅摩說法、彼將速悟此法。

 時、有天不顯身、白世尊、阿羅邏迦羅摩、已命終七日矣。世尊亦自知、阿羅邏迦羅摩已命終七日。時、世尊心生思念、阿羅邏迦羅摩是大損失、彼若聞此法、當速悟也。

 時、世尊心生思念、我應先為誰說法耶。誰能速悟此法耶。時、世尊心生思念、鬱陀迦羅摩子賢明、聰敏、伶俐、長夜甚少塵垢也、我宜先為鬱陀迦羅摩子說法、彼將速悟此法。

 時、有天不顯身、白世尊、鬱陀迦羅摩子于昨夜命終矣。世尊亦自知、鬱陀迦羅摩子于昨夜命終。時、世尊心生思念、鬱陀迦羅摩子是大損失、彼若聞此法、當速悟也。

 時、世尊心生思念、我應先為誰說法耶。誰能速悟此法耶。時、世尊心生思念、五比丘為我多所饒益、于我專心精進時、承事于我、我宜先為五比丘說法。

 時、世尊心生思念、五比丘今在何處耶。世尊以清淨超人天眼、見五比丘在波羅㮈國仙人墮處之鹿野苑。時、世尊于隨意間住優樓頻螺後、向波羅㮈遊行。

書き下し文

 時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。我は應(まさ)に誰が為に先づ法を說かむや。誰か能く速(には)かに此の法を悟るかや、と。時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。彼の阿羅邏迦羅摩は賢明(さかしき)にして聰敏(さとしき)、伶俐(かしこし)にして長夜(よなが)に甚(い)と塵垢(けがれ)少なし。我は宜しく先づ阿羅邏迦羅摩の為に法を說かむ。彼は將に速(には)かに此の法を悟らむ、と。

 時に天(あまつかみ)有りて身を顯(あらは)さず世尊に白(まを)せり。阿羅邏迦羅摩は已に命(いのち)の終ゆること七日(なのか)ならむ、と。世尊も亦た自ら知れり。阿羅邏迦羅摩は已に命(いのち)の終ゆること七日(なのか)たらむ、と。時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。阿羅邏迦羅摩は是れ大いなる損失(そこなひ)、彼の若し此の法を聞かば、當に速(には)かに悟るなり、と。

 時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。我は應(まさ)に先づ誰が為に法を說かむや。誰が能く速(には)かに此の法を悟るかや、と。時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。鬱陀迦羅摩子は賢明(さかしき)にして聰敏(さとしき)、伶俐(かしこし)にして長夜(よなが)に甚(い)と塵垢(けがれ)少なきなり。我の宜しく先づ鬱陀迦羅摩子が為に法を說かば、彼は將に速(には)かに此の法を悟れり、と。

 時に天(あまつかみ)有りて身を顯(あらは)さず世尊に白(まを)せり。鬱陀迦羅摩子は昨夜に于いて命は終はらむ、と。世尊も亦た自ら知れり。鬱陀迦羅摩子は昨夜に于いて命終ゆる、と。時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。鬱陀迦羅摩子、是れ大いに損失(そこな)へり。彼は若し此の法を聞かば、當に速(には)かに悟るなり、と。

 時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。我は應(まさ)に先づ誰が為に法を說くかや、と。誰か能く速(には)かに此の法を悟るや、と。時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。五(いつたり)の比丘は我が為に饒益せらる所多し、我に于いて心を專らにして精進する時、事を我に承り、我は宜しく先づ五(いつたり)の比丘の為に法を說かむ、と。

 時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。五(いつたり)の比丘、今は何處(いづこ)に在らむや。世尊は清淨(きよら)なる人を超ゆる天(あま)つ眼を以ちて、五(いつたり)の比丘の波羅㮈國の仙人墮處の鹿野苑に在るを見ゆ。時に世尊は意(こころ)の隨(まにま)に間(しば)し優樓頻螺に住まひて後、波羅㮈に向かひて遊び行けり。