貉龍君
貉龍君
現代語訳
貉龍君。諱は崇纜、涇陽王の子である。
君は嫗姬という帝來の娘を娶ると、百人の男(俗には、百の卵を生んだと伝わる)を生み、これが百の祖となった。ある日、姬に言った。「私は龍の種族であり、あなたは仙人の種族だ。水火は相尅し、一体化することは実に難しい。だから、お互いに別れよう。分け合った五十人の子は母に從って山に帰り、残りの五十人の子は父に従って南に住もう(「南に住もう」は「南の海に帰ろう」とも記録されている)。」その長男を封じて雄王とし、君位を継がせた。
史臣の吳士連は言った。
「天地開闢の時は氣化する者によって存在した。盤古氏がこれである。氣化があって然る後に形化があり、陰陽二氣でないものはない。易には「天地の気が縺れ合って万物が純化してゆく。男女が精を交えあって万物が生み出されてゆく。だから、夫婦の後に父子があり、父の後に君臣がある。」と述べられている。つまり聖賢の生まれが通常と必ず異なるのは、天に命じられたことなのである。玄鳥の卵を吞んだことで商が生まれ、巨人の足跡を踏んだことで周が興った。これらはすべて事実を記録したものである。神農氏の子孫の帝明は、仙女を婺ったことで涇陽王を生み、これが百粵の始祖となった。王は神龍の娘を娶り貉龍君を生んだ。君が帝來の娘を娶ると生育に百人の男児という恩恵を受けた。これこそ、我が越の基礎が始められた所以であろう。これについて通鑑外紀から考査すると、「帝來は帝宜の子である。」とある。この掲載部分を根拠とすれば、涇陽王は帝宜の弟でありながら、そのまま互いに婚姻を交わしたことになる。あまりにも遥か昔のことで、礼楽がまだ明らかではなかったから、このようになってしまったのだろうか……。」
漢文
貉龍君。諱崇纜、涇陽王之子也。
君娶帝來女、曰嫗姬。生百男(俗傳生百卵)、是為百之祖。一日謂姬曰、我是龍種、儞是僊種。水火相尅、合併實難。乃與之相別。分五十子從母歸山、五十子從父居南(居南作歸南海)。封其長為雄王、嗣君位。
史臣吳士連曰、天地開肇之時、有以氣化者、盤古氏是也。有氣化、然後有形化、莫非陰陽二氣也。易曰、天地絪縕、萬物化醇。男女媾精、萬物化生。故有夫婦、然後有父子。有父、然後有君臣。然而聖賢之生、必異乎常、乃天所命。吞玄鳥卵而生商、屐巨人跡而興周、皆紀其實然也。神農氏之後帝明、得婺僊女而生涇陽王、是為百粵始祖。王娶神龍女生貉龍君。君娶帝來女而生育有百男之祥。此其所以能肇我越之基也歟。考之通鑑外紀、帝來、帝宜之子。據此所載、涇陽王、帝宜之弟、乃相為婚姻、蓋也尚鴻荒、禮樂未著而然者歟。
書き下し文
貉龍君。諱は崇纜、涇陽王の子なり。
君は帝來の
史臣の吳士連曰く、天地開肇の時、氣化する者を以て有り、盤古氏是れなり。氣化有り、然る後に形化有り、陰陽二氣に非ざるもの莫きなり。易に曰く、天地絪縕して萬物化醇す。男女媾精して萬物化生す。故に夫婦有り、然る後に父子有り。父有り、然る後に君臣有り。然りて聖賢の生、必ず常に異なり、乃ち天の命ずる所たり。玄鳥の卵を吞みて商を生み、巨人の跡を屐みて周興る、皆其の實然を紀すなり。神農氏の後の帝明、僊女を婺るを得てして涇陽王を生み、是れ百粵の始祖と為る。王は神龍の女を娶り貉龍君を生ず。君は帝來の女を娶りて生育すること百男の祥有り。此れ其れ能く我が越の基を肇むる所以なるか。之れ通鑑外紀を考うれば、帝來、帝宜の子たり。此の載す所に據れば、涇陽王、帝宜の弟、乃ち相ひ婚姻を為し、蓋し尚ほ