焚巣館

鳥が自ら巣を焚いたので、最初は笑っていた旅人も最後には声をあげて泣いた。
(易経 火山旅)

 ホーム > 漢籍置場 > 立憲法議 > 専制と立憲

立憲法議

専制と立憲

現代語訳

 そもそも今日の世界は、まことに専制と立憲のふたつの政体の新陳嬗代(新しいものと古いものの入れ替わり)の時にある。その公理について確認しよう。あらゆる両種の反比例する事物が互いに嬗代するにあたっては、必ず争いが起こる。争えば旧来のものは敗れ、新規にものが勝利する。だから地球各国は、必ず一切が同じく立憲に帰着することになるのだ。これは公理の形勢から必然的に至ることである。人の力によって公理の形勢に敵対しようとすることは、譬えるなら卵を石に投げるようなもの、蜉蝣で大樹を震撼させようとするようなものだ。ただその者が見積もりもできないのだと理解させるだけだ。

 かつて今から百年を隔てて以前の昔、欧州各国は英国を除く外すべてが専制であったが、その崩壊は既に極まり、法国フランス大革命がたちまち爆裂し、声が天地を震撼させた。怒涛の勢いで遂に欧州全土に波及したのだ。立憲を求めた民間人は、各国の皆が同調した。ロシアプロイセンオーストリアの三国の帝は、同盟を結ぶことでそれらの民を圧制し、内乱となれば相互に援助し合い、オーストリア相の梅特涅メッテルニヒは、陰険にして凶悪、狡猾にして凶暴なる才覚をもって欧州大陸を牛耳ること四十年、日々いつまでも民権を叩き潰すことを仕事にしていたが、最後には敵わず、身は敗れて名誉は失墜した。

 今から約五十年前には、全欧州の皆が憲法を立て、まだそうではない余りの国はたったひとつだけとなり、それは各国から病気だと目され、日に日に国土が小さく分裂していくものだと思われている。なおその余りの一国というのは俄羅斯ロシアである。日輪のぎらつきのように国威を外に向けてはいるが、その帝王は三世にわたって暗殺に遇い、現在に至るまで鉏麑のごとき刺客が地上に満ち溢れ、安心して眠ることもできない。君主であることの困難のひとつがここにあるのだ。そうなってなんの楽しみがあるのか? だから百年以来、地球各国の移り変わりには、総じて四つの別がある。その一は、君主が時勢に順って憲法を立てたもの、こうしてその君主は安心と繁栄を獲得し、その国は安寧に至った。プロイセンオーストリア、日本等のごときの国はこれである。その二は、君主が立憲に同意せず、逼迫した民が自立し、遂に民主立憲に移り変わったものだ。法国フランスおよび南美洲アメリカの諸国のごときはこれである。その三は、民が立憲したいと思うも君主が許さず、民間も同じく革命に努力するものがおらず、そのまま日に日に君主や宰相を暗殺を企むもの、俄羅斯ロシアのごときはこれである。その四は、つまり君主と人民のいずれも立憲の美を知らず、国を挙げての昏迷盲目、あらゆる政が荒廃と弛緩に至り、遂に他国からの殺戮を受け、これを滅ぼすもの、印度インド、安南諸国のごときはこれである。四つのうち、どれが吉にしてどれが凶か、どれを捨て去りどれに従うか、智者を待たずして決めることができよう。

 かのプロイセンオーストリアの君主と宰相のごときは、最初こそ立憲がおのれに大害をもたらすのだと考えていた。だから死力を尽くしてこれと争ったが、憲法を立てた後になって、その思い込みが誤りであり、害のないばかりか大いに利益のあるものだと気づいた。さわやかなる失笑を漏らすがよい。さきの者のような煩惱に自らが至ったことを後悔せよ。しかしそれでも法国フランス路易ルイ十六世には勝るのだ。後悔の及ばないことを願う。

 現在の西方における嬗代うつりかわりが定着してから、その風潮は遂にまわりまわって東方の地に及んだ。日本は気風の先鋒となることができた。のどの乾いたものが水を求めるかのようによい方法に向かうことができたのだ。元気がひとつ立ち、遂に強国と称されるようになる。中国はどうか。かの昏迷は日中に酔っぱらっているかのようで、山稜も平原も衰微し、恥ずべき情勢は現在に至って極まった。日本との戦役(日清戦争)がひとつ、これを殴り飛ばし、膠旅の傾国がひとつ、これに喝を入れ、団匪(義和団)の災禍がひとつ、これに迫った。知識ある者は既に国家の元気を知り、一瞬たりとも気を緩めてはならないと言ってきた。思うに今日こそ、まことに中国が憲法を立てるべき時機が到来したのだ。当局の者はこれを阻もうとするが、なぜその妨害に従うことがあろうか。最近の当局の者たちは学校を興して才覚を育てることが任務であると理解している。学校の多数の中で第一の少年は、国民多数の中の第一の立憲党に接近する。なぜだろうか? かような人が仮に愛国心を有して西洋人の富国強兵たる由来の概略を知れば、このことを第一義としないことはあり得ないのだ。

 故に中国もつまるところ、地球文明の国と同じく立憲に帰着するのは必然である。疑うべくもない。特に今日にしてこれを立てることは、つまり国民がひとあし早く福利をこうむることになるのだ。諸先輩の屍、その功績である。これを今日にして阻んでしまえば、国家の進歩はおもむろとなる。遅れて後に起こることは、その災難である。そうにしかなるまい。もし真に君を愛し、国を愛する心を有する者は、私のつまらぬ言葉を熟察しないわけにはいかぬであろう。


漢文

 抑今日世界、實專制、立憲兩政體新陳嬗代之時也。按之公理、凡兩種反比例之事物相嬗代必有爭、爭則舊者必敗而新者必勝。故地球各國、必一切同歸於立憲而後已、此理勢所必至也。以人力而欲與理勢為敵、譬猶以卵投石、以蜉撼樹、徒見其不知量耳。昔距今百年以前、歐洲各國、除英國外、皆專制也。壓之既極、法國大革命忽焉爆裂、聲震天地、怒濤遂波及全歐。民間求立憲者、各國皆然。俄、普、奧三國之帝、結同盟以制其民、有內亂則互相援助、而奧相梅特涅、以陰鷙狡悍之才、執歐洲大陸牛耳四十年、日以壓民權為事、卒不能敵、身敗名裂。距今五十年頃、而全歐皆立憲矣。尚餘一土耳其、則各國目之為病夫、日思豆剖而瓜分之者也。尚餘一俄羅斯、雖國威赫赫於外、然其帝王之遇刺者三世矣、至今猶鉏麑滿地、寢息不安。為君之難、一至於此、容何樂耶。故百年以來、地球各國之轉變、凡有四別。其一、君主順時勢而立憲法者、則其君安榮、其國寧息、如普、奧、日本等國是也。其二、君主不肯立憲、民迫而自立、遂變為民主立憲者、如法國及南美洲諸國是也。其三、民思立憲、君主不許、而民間又無力革命、乃日以謀刺君相為事者、如俄羅斯是也。其四、則君民皆不知立憲之美、舉國昏蒙、百政廢弛、遂為他族夷而滅之者、如印度、安南諸國是也。四者之中、孰吉孰凶、何去何從、不待智者而決矣。如彼普、奧之君相、初以為立憲之有大害於己也、故出死力以爭之。及既立憲之後、始知非惟無害、又大利焉、應爽然失笑、悔前者之自尋煩惱矣、然猶勝於法國之路易第十六、欲悔而無及也。今西方之嬗代、既已定矣、其風潮遂環卷而及於東土。日本得風氣之先、趨善若渴、元氣一立、遂以稱強。中國彼昏日醉、陵夷衰微、情見勢絀、至今而極矣。日本之役一棒之、膠旅之警一喝之、團匪之禍一拶之、識者已知國家元氣為須臾不可緩。蓋今日實中國立憲之時機已到矣。當局者雖欲阻之、烏從而阻之。頃當局者既知興學育才之為務矣、學校中多一少年、即國民中多一立憲黨、何也。彼其人苟有愛國心而略知西人富強所由來者、未有不以此事為第一義也。故中國究竟必與地球文明國同歸於立憲、無可疑也。特今日而立之、則國民之蒙福更早、而諸先輩屍其功。今日而沮之、則國家之進步稍、遲而後起者為其難。如斯而已。苟真有愛君愛國心者、不可不熟察鄙言也。

書き下し文

 抑も今日の世界は、實に專制と立憲のふたつの政體のあらたふるき嬗代いれかはりの時なり。之の公理をかむがみれば、凡そ兩種ふたくさの反比例の事物、相ひ嬗代いれかはらば必ず爭ひ有り、爭はば則ち舊き者は必ず敗れ、而りて新しき者は必ず勝つ。故に地球の各國は、必ず一切なべて同じく立憲にかへりて後に已む、此れ理勢ことはりの必ず至る所なり。人の力を以ちて理勢ことはりあたらむと欲するは、譬ふれば猶ほ卵を以ちて石に投ぐるがごとし、かげろふを以ちて樹にらすがごとし、ただ其のはかりを知らざるを見るのみかつて今百年のさきへだて、歐洲の各國は、英國を除く外、皆が專制なり。之れを壓ふること既に極まり、法國の大革命は忽焉たちまちにして爆裂ぜ、聲は天地あめつちを震はせ、怒濤にして遂に全歐に波及およべり。民間の立憲を求むること、各國の皆が然りとす。俄、普、奧の三國の帝、同盟を結びて以ちて其の民ををさめ、內に亂るる有らば則ち互相たがひ援助たすけ、而りて奧相の梅特涅、陰鷙狡悍の才を以ちて、歐洲大陸の牛耳を執ること四十年、ひにひに以ちて民權をつぶして事と為し、つひに敵ふこと能はず、身は敗れて名はきらる。今の五十年頃をへだて、而りて全歐の皆が立憲たり。尚ほ餘りのひとつつちのみ、其れ則ち各國は之れをやまひと為すかな、ひにひに豆剖にして瓜分の者を思ふなり。尚ほ餘りのひとつは俄羅斯、國のちからは外に赫赫とすると雖も、然れども其の帝王の刺すに遇ふ者は三世ならむ、今に至りて猶ほ鉏麑しのびは地に滿ち、寢息れども安ぜず。君為るが難、ひとつは此に至り、りて何の樂しきことありや。故に百年以さき、地球の各國の轉變うつりかはり、凡そ四つの別有り。其の一に、君主は時勢に順ひて憲法を立つる者、則ち其の君は安榮し、其の國は寧息す、普、奧、日本等の如きの國は是れなり。其の二に、君主は憲を立つることうべなはず、民は迫りて自ら立ち、遂に變はりて民主立憲と為る者、法國及び南美洲の諸國の如きは是れなり。其の三に、民は憲を立てむと思ふも、君主は許さず、而りて民間も又た革命につとむること無く、乃ちひにひに以ちて君相を刺さむとたばかりて事と為す者、俄羅斯の如きは是れなり。其の四に、則ち君と民のいづれも立憲の美を知らず、國を舉げて昏蒙くらし、百のまつりごとも廢れ弛み、遂に他の族夷うからの為に之れを滅す者、印度、安南諸國の如きは是れなり。四者の中、孰か吉にして孰か凶、何を去りて何を從はむ、智る者を待たずして決めたらむ。彼の普奧の君相の如きは、初め以為おもへらくは立憲の大害を己に有らしむなり、と。故に死力を出して以ちて之れと爭ふ。既に立憲の後に及び、始めて惟れに非ず害無し、又た大いにめぐみありと焉れ知れり、まさに爽然として失笑すべし、前者の自ら煩惱にいたるを悔ゆ、然れども猶ほ法國の路易第十六に勝ち、悔ひて及ぶこと無きをおもふなり。今の西方の嬗代うつりかはり、既已に定まれり。其の風潮は遂にめぐめぐりて東土に及ぶ。日本は風氣の先を得、善に趨ること渴くがごとし、元氣一立、遂に以ちて強をなのらむ。中國は彼の昏きは日に醉ふがごとし、陵夷は衰微おとろへ情見勢絀ありさまははづべし、今に至りて極まれり。日本の役は一に之れをち、膠旅の警は一に之れをおどし、團匪の禍は一に之れにせまり、識る者は已に國家の元氣を知りて須臾も緩む可からざると為す。蓋し今日は實に中國立憲の時機は已に到れり。當局の者は之れを阻まむともとめ、いづくにぞ從ひて之れを阻まむ。雖も、さきごろの當局の者は既に學を興して才を育むがつとめを為すことを知れり。學校の多きの中の一の少年は、國民の多きの中の一の立憲黨に即けり、何ぞや。彼の其の人は苟も愛國心をちて西人の富強の由來する所の者を略知し、未だ此の事を以ちて第一義と為すにあらざること有らざるなり。故に中國の究竟は必ず地球文明の國と同じく立憲に歸ること、疑ふ可く無きなり。特け今日にして之れを立つるは、則ち國民のさいはひかうむあらたむること早し、而ち諸先輩の屍の其のいさをたり。今日にして之れを沮むは、則ち國家の進步のやうやくにして、遲くして後に起こる者、其のわざはひと為れり。斯くの如くなる而已のみ。苟もまことに君をで國をづる心を(も)つ者は、鄙言を熟察せざる可からざるなり。

付記

 準備中。

底本

立憲法議 - 中國哲學書電子化計劃